前回書いた「かけ算問題」をシリーズものにするつもりだったが,他のネタを書いているうちに時間がすぎてしまいました。全国のかけ算ファンのみなさま,お待たせしました(?)。さて,もう,大分前の話になったが,前回の記事について,あらきさんがそれに的確なコメントをくれた。
つまり子供がことばを覚えるときに、 現実の中に「言葉で表現できるもの」がいっぱいあって、 その中に「うまく数値で表現できるもの」もいっぱいあって、 その数値で表現できるものの中には 「数の四則演算のルールに則って処理していい組み合わせ」もあるし、そうでないものもいっぱいある
ナカムラが言いたかったことは,まさにこれで,それをこんだけコンサイスにまとめてもらえば,もう続編を書く必要もなし,これにて終了,ちゃんちゃん。
…というので終わるのもありだが,実は前回の時点でかなり書いてあった部分もあり,また,あとからいろいろと考えることもあったので,蛇足ながら数と現実の関係についてもう少し書いてみよう。全部書くとかなり長くなるので,少しずつ小出しに。
まず,実数と整数について。われわれは学校で,先にいち,に,さんと数えられるもの,たとえば人だとかりんごだとかの数,を習って,つぎにその掛け算や足し算を習い,つぎに,そのような数えられる数(整数)で表されないもの,たとえば,りんごの重さや人の身長,を少数や分数であらわすことを習う。そして整数の拡張として実数を導入し,これさえあれば(複素数とかベクトルとかを使う一部マニアをのぞいて)おっけー,整数は実数の一部,とならう。(有理数と無理数の違いとかも習うけど,覚えてるひと少ないですよね。ここでは,気にしないことにしましょう。)
これは本当だろうか? いや,本当といえば本当なんだが,別の考え方もできるんじゃないか? つまり,整数と実数は別の種類の現象をあらわすためのまったく別のもので,われわれは実数のなかのごく一部のきりのいい数 --- 1とか2とか --- を整数と混同しているだけ,と考えることもできる。考えてみれば,現実のある現象なり物体なりが,あるときには整数で,あるときには実数であらわされるということは,まずない。そして,多くの場合,整数は,ある現象に対する数が一意に決まるのに対し,実数は測定の基準となる単位によって対応する値が違ってくるのが普通である。たとえば,部屋にいる人間の数が5人というとき,それはだれがどういう方法で数えても,「5」という値は揺るぎない。それに対して,その5人の体重の合計が340.2kgというとき,その340.2という数はキログラムを単位としており,ポンドとか匁とかでいうと別の値になる。つまり,実数であらわされる数の多くは,ある基準となる量 --- たとえば重さの場合はキログラム原器の重さ --- の何倍か,という方法で値を決めているので,ちがう基準量ではかれば,違う数になるのである。また,実数の場合は必ず原理的に誤差をともなうのに対し,整数では正確に数える手段さえあれば,原理的には誤差をなくすることができる。
さらに,そういう具合に,別の実体をあらわす整数と実数を別ものだと考えるとすると,実は整数や実数の中でもいろいろ違うものがでてくる。たとえば,前回にちょっとでてきた月の名前は,なんとなく整数だと思っているが,実は12までしかない数なので,大手をふって整数というのは,ちとはばかられる。ゼロ以上の整数を自然数といって区別するなら,1から12までしかない整数も「月数」とかなんとか,別の言葉であらわしていいのではなかろうか。さらに,この「月数」は演算において,われわれの知っている整数とは著しく違った振る舞いをする。まず掛け算は受け付けない。さらに月数同士の足し算もありえない。あるのは月数+整数という演算で,つまり3月の4ヶ月後は7月,とかいうのを足し算であらわすわけだ。さらにさらに,この演算では3(月)+4(ヶ月)=7(月)だが,7(月)+8(ヶ月)=3(月)という具合に,普通の整数の足し算とはまったく違った挙動をしめす。
このへんの事情が顕著にあらわれるのは英語をはじめとするヨーロッパ系言語で,月の名前を数字でなく,January,Februaryなどという,専用の単語であらわす。つまり,普通の数ではない月を示す特別の単語群があり,それと整数の間で足し算が定義されていて,結果は月を表す単語になるのである。蛇足になるが,perlなどのアメリカ製のプログラム言語のライブラリでは,整数型で月をあらわしており,Jan=0,Feb=1,などと定義されているものがある。アメリカ人にはJanuaryが1に対応するという感覚はないようだ。
そういうわれわれ日本人だって,曜日は月,火,水という専用の単語であつかっており,月曜の三日後,とかいう曜日と整数の間の混合演算をやっている。いや,そう思って内省するに,「2月の3ヶ月後」というときは足し算で5という答えをだすが,「月曜の3日後」というときは「月,火,水,木」と指折り数えている。で,後者の場合「計算している」という感覚が希薄だという人が多いのではなかろうか? 月曜が0に対応するか,1に対応するか,なんて考えてみたことないでしょう?
ということで,今回は規定文字数に達した(?)ので,続きは次回に。いつになりますやら…。