2017年3月1日水曜日

エントロピック重力と角運動量温度

物理関係の話題なので,興味のないひとはすみません。

最近、科学ニュースでエントロピック重力理論なるものを目にしたことがありませんか? たとえば、この記事とかこの記事とか。こういうのを読むと、なにか画期的な新理論が提案されて物理学の歴史が変わるんじゃないか、みたいな印象をもつが、詳しい人(東北大学の堀田さん)の解説を読むと、まだアイデアのアイデアって段階で、「根拠の確立していない多数の仮説を沢山組み合わせて、観測と比べられる量を同定しているだけ」というそうだ。

で、ちょっと興味があったので原論文を読んでみたのだが,やっぱり“???”って感じ。堀田さんに twitter で少し教えてもらったのだが、疑問は深まるばかりで、これって結構ヤバいんじゃなかろうか、と思った。元論文では,一つ質点からの球対称の重力がある場合を考えて,球面上での温度(ってなんの温度か釈然としないという問題もあるけど)から逆自乗則を出してるけど,ふたつ離れた質点があった場合の間の点でのは温度はどうなるの?

などなど,いろいろと疑問ありまくりで,批判の論文など出てるようですが,ここではそれはおいといて,元論文でも使われている Unruh 効果の温度が加速度に比例するという式 kBT = ha/c (元論文の (3.8) 式,堀田さんの解説の (1)式)について思ったことを。

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堀田さんの別のページの解説にもあるが,重力(あるいは慣性力)がある場合の熱平衡状態は,相対論効果を考えると場所によって温度が違う。ザクッというと,相対論では「質量=エネルギー」なので,エネルギーにも重力がはたらいて“下の方にたまる”から,普通に温度を計ると下のほうが熱くなる。同様に回転する円盤は遠心力で中心より縁のほうが熱くなる。

でも,ちょっとこれは気持ち悪くないですか? 熱平衡というからには,その状態は少数の熱力学的変数で一意に決まってほしいわけだが,連続分布する温度,つまり無限個の実数で熱力学的状態を指定するのは,おさまりが悪い。実は重力や加速がある場合でも,熱力学的状態を指定するのに連続分布を決める必要はなく,分布のパターンが少数の数で与えられる熱力学的外部条件で一意に決まることが知られている。

では,相対論効果を考えて局所的な温度が場所によって変わる場合も,大域的な温度みたいな熱力学変数をひとつ導入して,状態を指定できないだろうか? 数年前からさかんに(*)研究されている角運動量温度というものを使えば,これはできる(はずだっ)。

考えてみれば,熱統計力学でエネルギーに対応して温度を導入したとき,本質的に必要なエネルギーの性質というのは,それが保存量であるということである。ということはエネルギーの他の保存量に対応して温度が存在してもいいわけだ。実際,保存量である空間3方向の3つの運動量に対応して温度が存在し,その逆数がエネルギーに対応する温度の逆数(逆温度)と組んで4ベクトルをなすという理論は,相対論熱力学業界というマイナー業界では,よく知られている(**)。

そこでナカムラは考えた。並進の対称性からくるエネルギー・運動量の4つの成分に対応してそれぞれ温度が定義できるのなら,回転の対称性からくる角運動量にも温度があるのではなかろうか。で,角運動量温度を考えると,非相対論的な場合はあまり面白くないのだが,相対論的な時空4次元ではいろいろ非自明なことがでてくる。

3次元に住むわれわれにとって,回転といえば回転軸を指定すれば方向が決まるが,実はこれは3次元だと平面に垂直な方向がひとつしかないからである。たとえば「xy平面での回転」は「z軸まわりの回転」と同じことだ。しかし4次元だと xy面に垂直な方向は z と,もうひとつ(4次元時空の場合は時間 t 方向)あるので,軸ではなくて回転面を指定しないと,つまり2つの座標方向を決めないと,回転方向は決まらない。

そこで (t, z, y, z) という相対論的時空座標を考えると,xy, yz, zx の3つの他に,tx, ty, tz の面内での回転が考えられるのであるが,このような時間を含む面内の角速度一定の運動は実は等加速度運動になる。ローレンツ変換が時空の回転であることを考えると,一定の角速度で回転するというのは,連続的にローレンツ変換をし続けるということに対応するので,これは納得できる。

で,等加速度運動をしている系(リンドラー座標系という)にのってみると,4次元遠心力として慣性力がはたらいている。この効果として“回転の外側(加速と反対の方向)にエネルギーがたまる”ので,外側にいくほど熱いということになる。そして,このときの熱平衡を特徴づける保存量は,時空回転運動(=等加速度運動)で保存される4次元角運動量だと考えられる。その角運動量に対応して温度が決まるわけであるが,だとすると,この温度は場所の関数ではなく,大域的に定義されたひとつの定数であり,角運動量と同じ次元をもつはずである。

ここでやっと Unruh 効果に戻るわけだが,この効果は Minkowski 座標系でみた量子真空状態を,リンドラー座標系でみると熱輻射に対応するスペクトルがみえるというもの(詳しくは堀田さんの解説参照)である。この温度が上でのべた  kBT ha/c  で与えられるというのだが,リンドラー座標系では加速度 a が場所の関数なので(堀田解説参照),相対論的熱平衡の連続的に変化する局所的温度に対応する。では,大域的に角運動量温度を定義するとどうなるか? 角運動量と同じ次元をもつパラメターはここではプランク定数しかない(このへんはリンドラー系じゃないとちょっと事情が変わる)。そして,実際に分布から大域的な角運動量温度を決めるとプランク定数になる。

……んじゃないかと思うのですが,どうでしょう? そうすると,実は Unruh 効果の輻射スペクトルというのはプランク定数を温度として一意に決まるのではないかと思う。とすると,その式を援用してエントロピーから重力を導出するというエントロピック重力理論はさらにあやうくなってくるのではなかろうか,というのが元論文を読んで考えたことです。識者のみなさんのご教示をお願いします。

(*)実はナカムラひとりが論文を2つ書いただけで,世間的には全くみとめられてない……。Life is a bitch, sometimes. これが本当だとすると,回転する物体から出る黒体輻射は偏光にかたよりがある,という予言をしたのだけど,実験できないかな。

(**)これはナカムラだけでなく,本当に広く知られてます。で,これに関連してナカムラが書いた論文もそこそこ読まれてるみたい。wikipediaから引用されたりしてます。


参考文献

1 件のコメント:

  1. すごーくひさしぶりに見てみたらすごーくひさしぶりに更新されていた!na

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