こういう他愛のない自慢というのはだいたい体力ありまっせ,とか,教養あるでしょう,みたいな能力をほこるものである。または金もってますよ,とか。これはなんとなく理解できて,なにかができるとかなにか持ってるということは,太古の昔から生き残りに有利なわけで,それを自慢するというメンタリティーが長い生存競争の歴史の中で生じてきたのは想像に難くない。
しかし,不思議なのは,そういう能力とはぜんぜん関係ない自慢というのが存在することだ。ナカムラがいつも感じるのは「肩こり自慢」である。これは肩のこらないひとにはわかりにくいかもしれないが,とにかく肩をもんでもらって「うわー,こってますねえ」と言われると,なんとなく偉くなったような気になるのである。
ナカムラは肩こり症なので,よくプロのマッサージをお願いするのだが,「力加減はどうですか?」と聞かれて「あ,結構こってるのでもっと強くおねがいします」というときのなんとなく誇らしげな自分の感情をいつも不思議に思う。で,マッサージ師が力のある若いお兄さんだったりすると,むこうも心なしか挑戦的になって「これでどうですか?」と強力に責めてきたりして,強すぎて痛いと思っても「あ,もうちょっとおてやわらかに」というのは,なぜかプライドが許さない。脂汗をながしながら「あうっ…,きもち,…,いいですっ…」などと答えるのだが,なんのために高いマッサージ料金をはらっているのかわからなくなってくる。
友人にこの話をすると「それは,たくさん働いたから肩がこっているという,仕事自慢じゃなかろうか」と言うのであるが,仕事なんかぜんぜんしてなくても肩はこるし,ナカムラはたくさん仕事しました自慢は嫌いなので,それとはなにか違うと思う。病気自慢なんかに近いものがあるのだろうか。
もうひとつ,ナカムラが感じる意味のわからん自慢意識は「めちゃ辛いカレーが好き」というのだ。これもなんの得にもならないのだが,「ココイチの4辛くらいは平気」と言った相手が「へー,俺は2辛でも無理っす」とか言おうものなら,なぜか勝ち誇った気分になる。考えるにこれは不思議な感情で,香辛料で辛い,いわゆるスパイシーなものは自慢の対象になるが,ほかの味覚,たとえば酸っぱさなんかについては,あまりそういうことはないのではなかろうか? 「レモン汁一気飲みしてやったぜ」とかいうのは自慢になりにくい気がする。
ただ,この自慢的気分は個人差が大きいようで,上に書いたようなことが全く共感できないというひとも結構いるようだ。逆に,友人にこの話をしたときに,目の悪い彼は「低視力自慢ってのもあるな」と言ったが,ナカムラにはこれはあまりピンとこない。
…と,ここまで書いて,ありゃ,ひょっとしてこの話題って以前書いたかも,と思ったのはtwitterで以下のようなやりとりがあったからなのだが,
不安になって検索してみても,上位にはヒットしなかった。というわけで,そのうち記憶力なくなり自慢もするようになるのかなあ,などと思いながらこの記事も公開しよう。
ところで,前々回,解析力学に関する記事を,これもいささか自慢気に書いたのだが,これに対してirobutuこと前野さんからいただいたコメントにまだ返答を書いていない。いや,実は考えだすと真に驚くべきアホな間違いがいろいろと見つかって,さらに間違いを正していくうちに面白い進展があって,という状況なので前野さん,もう少しまってください。
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