2015年1月17日土曜日

縦の平均と横の平均

数理系のひとなら「ド・モアブルの公式」というのを名前くらいは知っていると思う(注1)。ド・モアブルというのはフランス生まれでイギリスで活動した数学者なのだが,ニュートンの友達だったそうな。かの有名なプリンキピアを書いたときにニュートンが原稿を彼に見せたところ,一晩で読んで「興奮のあまり死んでしまわなかったのは運が良かったとしかいいようがない」と感動したという逸話を読んだことがある。

この話を読んだ時に心底うらやましいと思った。いま,自然科学分野で研究者をしているみなさん,興奮のあまり死んでしまいそうな研究にふれた経験ありますか? ナカムラは残念ながらそんな経験はない。せいぜい「ああ,面白いことを考えてるな」程度である。まあ,プリンキピアは,それで世界が変わるような出来事なので,それをはじめて読むような経験はおいそれとはないかもしれないが,それよりは小規模でも血湧き肉躍るような科学上の事件というものの目撃者(当事者なれたらもっといいが)になりたいものである。

で,過去をふりかえって,一番興奮した経験というのを考えるに,それは自分の専門のプラズマ物理ではなく,のちに「電磁気学を考える」という本になる内容の,今井功先生のセミナーを聴いた時である。このときナカムラはまだ大学院生で,同じキャンパスでおこなわれる他分野のセミナーなどにちょくちょく顔を出していたのであるが,そんななかの流体力学研究室のセミナーにたまたま顔を出してこの話を聴いたのである。ちなみに今井先生は10年ほど前に亡くなられた(1973年にでた「流体力学」の後編,でませんでしたね)ので,現実にお目にかかったのはことときだけだ。

なにに感動したかというと,電場・磁場があった場合のエネルギーと運動量を基本にすると,電磁気学のすべてが綺麗に導出されるという,普通の電磁気学とはまったく違った理論構成である。多分,神が電磁気学を設計なさったときはこう考えたに違いない,とそのときは思った。のちに相対論と微分形式を勉強して,ちょっと考えが修正されたが,基本的な評価はいまもかわってない。上述の本はもう絶版になって久しいが,もし,手に取る機会があったらぜひマックスウェル方程式を導出するところだけでも読んで欲しい。

さらに感心したのは,電場Eと電束密度Dの関係である。これはだれしも電磁気学を学ぶときに頭を悩ませる問題で,電磁気学を頻繁に使う研究分野にいても,イマイチ納得していないという研究者もいるはずだ。いや,過去にはすくなくとも一人はいた。ナカムラである(注2)。

今井電磁気学ではマックスウェル方程式を積分形で考える。するとEは線積分の対象であり,Dは面積分の対象なので,ミクロにごちゃごちゃした構造のあるEなりDなりを平均して,マクロでなめらかな値をだすときに,それぞれ線績分と面積分を使って平均してやらなくてはならない。今井電磁気学では,これを「縦の平均」,「横の平均」といって区別する。その平均の仕方の違いによって値は違ってきていいわけで,それがEとDの違いの本質なわけである。磁場Hと磁束密度Bの関係も同じだ。

これは納得,というのでナカムラは気に入っていたわけだが,のちにアブラハム・ミンコフスキー論争というのを知って,この「縦・横の平均」の考え方を使って,これが解決できるに違いないと考えた。アブラハム・ミンコフスキー論争とは,媒質中の電磁場の運動量がE×HなのかD×Bなのか,という問題で,なんと驚くなかれ,論争発生後一世紀以上たった現在でも,まだ未解決問題とされている(もうとっくに解決してるという意見もある。ちなみに解説はこれ,英語だけど)。

今井電磁気学の観点からこれをみると,運動量というのをマクロに定義するときの平均方法の違いが論争の原因で,そこを考慮してやれば…,考慮してやればその違いで…,あれ,うまくいかない! 実はナカムラは数年前,今井電磁気学の応用でこの一世紀来の難問を解決しちゃる,と意気込んで計算したのだが,どうしてもうまくいかなかった。

結局,なにがおかしかったかというと,縦・横の平均の違いでEとDの違いを説明するという話自体が間違っていたのである。実際計算してみると,普通に性質のいいランダムさをもったミクロな構造を平均すれば,縦でも横でも,つまり線積分をつかっても面積分をつかっても,同じ値になるということで決着した。生前に今井先生に会ったことのある友人にきくと,本人もあとになってこのことには気づいていたらしい。

げげ,だまされた,トマス・ヘンリー・ハックスレイの言う「つまらなく些細な事実によって葬り去られる美しい理論」というわけだが,それでも,ナカムラにとって今井電磁気学の魅力はいささかも色あせない。実は,ほかにも今井電磁気学の中には間違いがあって,一部ではトンデモ扱いする物理学者もいる。しかし,いくら間違いがあってもその考え方が奥深い理論というのは,チャラくて正しいものより,はるかに魅力的なものであろう。

このページはtwitterで電磁気学の話題がでたときに,今井電磁気学にふれたのがきっかけで書いたのだが,そのときにナカムラが投稿したtweet(これ)を転載しておく。
マイルス・デイビスがウエストコースト派のミュージシャンを評して「あいつらは演奏能力も音楽性もすばらしい。でもおれが気に入らないのは,あいつらが演奏中間違えないところだ。間違えないということは音楽をクリエイトしていないってことだ」と言ったそうな。今井電磁気学を読むとこれを思い出す。
(注1)このページを書くために調べるまで,ナカムラが「ド・モルガンの法則」と混同しておったのは内緒だ。
(注2)今は実は納得している考え方がある。次回,このblogに書く予定である。

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